書評:Med草子

人の繋がり 川端 康成氏の誕生日によせて 第2回目 

 前回よりずいぶんと時間が経ってしまいしましたが・・・  

  さて、いかに天才といえども、文壇に上るのはそう簡単ではなさそうです。  川端 康成氏の場合、東京帝国大学に在籍中、同人誌第6次『新思潮』に投稿した「招魂祭一景」が菊池寛らに評価され、文藝春秋社を創設した菊池寛によって1923年に創刊された『文藝春秋』(今でもベストセラーですね)の同人となりました。

作家 菊池 寛

菊池 寛 1888年(明治21年)12月26日 - 1948年(昭和23年)3月6日 菊池寛アーカイブより

その『文藝春秋』創刊の辞が、揮っています。

 「私は頼まれて物を云うことに飽いた。
  自分で、考えていることを、読者や編集者に気兼なしに、自由な心持で云って見たい。
  友人にも私と同感の人々が多いだろう。
  又、私が知っている若い人達には、物が云いたくて、ウズゝしている人が多い。
  一には、自分のため、一には他のため、この小雑誌を出すことにした」
 
 菊池氏の奔放だが人を思いやる優しい人柄、そして行動力を感じます。

  さて、次の写真をご覧下さい。


  1919年の集合写真。左から2番目が芥川龍之介、一番左は菊池寛。 1919年の集合写真。

左から2番目が芥川龍之介、 一番左は菊池寛

 

 菊池 寛は4歳年下の芥川 龍之介と「真の友人」でありました。
 2人は第一高等学校の同期生であったことから交友が始まります。


 同期入学者にはに久米正雄、松岡讓、佐野文夫、井川恭(後の恒藤恭)、土屋文明といった錚々たるメンバーがいました。

 芥川龍之介は、人を選ぶことなく広く交友しましたが、自意識が強く、「都会人という仮面」をかぶっていた彼が、
自分をありのままにさらけ出せる親友は限られていたようですが、その分、友人をとても大切にしたようです。


 子供の名前は、それぞれ親友の菊池寛の「寛」(長男:比呂志)、小穴隆一の「隆」(次男:多加志)、恒藤恭の「恭」(三男:也寸志)
をもらって訓読みにし漢字を替えて名づけたものです。

 

  芥川氏は昭和2年(1927年)7月、服毒自殺により世を去ります。

 菊池氏は、棺に走りよって号泣したといいます。
 その後1935年に故人の功績を偲んで芥川賞を直木賞とともに創設します。

 

 その死の原因について、死の枕元に残された「或旧友へ送る手記」のなかにある「ぼんやりした不安」という箇所だけが一人歩きし、あたかも鬼才のメランコリー気質が高じて死に至ったような印象を与えているように感じます。
『河童』芥川 龍之介 集英社文庫    「或旧友へ送る手記」等を収録した『河童』(集英社文庫)


 しかし彼の場合、身体の不調に、精神的不安定さがあったものの、それに追い討ちをかけたのが、ある身内の事件により
残された姉の家族と多額の負債のことで奔走し、負担が一層増したことでした。

 

 同じく自殺した作家三島由紀夫氏が、芥川氏の死について、
「彼は自殺が好きだから自殺したのだ。(中略)そういう薄弱な精神を私は嫌いだ」
と批判し、さらに武士における切腹といった刑と自死を区別する表現がありました。

 しかし、三島氏の取った行動は、やはり多くの人に衝撃と苦悩を与える結果になったと思います。

 

 人が自死にまで至るには、必ず原因があり、殆どはその原因を解決ないし緩和すれば、防げるものと
私は考えています。

 ですから、「或阿呆の一生」で、「できるだけ客観的に」自死にまで追い詰められた心情を分析した
芥川氏の葛藤を思うと、なぜ防げなかったのか残念でなりません。

 

 人生には様々な出来事があり、それによって心の状態も変化します。
 「真っ暗で何も見えない!」と思う日もあれば、ふと「今日の夕焼けは綺麗だな」と感じる日もあるのです。
 


 「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
 淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。」
 この鴨長明著の『方丈記』の冒頭は、当時の天災や戦乱、飢饉を体験した著者の無常感を
表すとされています。

  鴨長明  鴨長明(江戸~明治の日本画家、菊池容斎・画)

 しかし、先人の努力でほぼ安定した生活を送れるようになった現代では、また違った見方ができると思います。

 

 現代では、世界を動かしているのは、市民の集合意識であり、それを代表する国家のように思います。
 つまり、各個人がより自由に、強力に活動するようになったということです。

 おのずと個人間で「差」が明瞭になって来ます。

 しかし、どの時点で、何の尺度を使って評価すれば、その人やグループの「価値」を計れるのでしょうか?
 当然、絶対の基準はありません。

 ならば、ゆく河(人生)の流れに身をゆだねながら、自分の物差しで生きていくことも可能ではないでしょうか?

 

 意外と、現代は自由に生き方を選ぶことができる、可能性の広がった時代だと思います。

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人の繋がり 川端 康成氏の誕生日によせて 第1回目

今日は小説家川端 康成氏の109回目の誕生日です。
 
 といっても、Googleのトップページに川端氏が登場していたので、ようやく気付いたのですが…。

 『伊豆の踊り子』、『雪国』等の名作を世に送り出した川端康成氏は、1899年(明治32年)6月14日
 に大阪市北区此花町(現在の天神橋付近)に生まれました。

 1968年に日本人初のノーベル文学賞を受賞したことでもよく知られています。

 当時のニュース報道

 

 ただ、1972年にガス自殺でその生涯を閉じてしまいます。
 その原因として推測がなされていますが、おなじくノーベル文学賞の候補に挙げられ、親交の厚かった三島由紀夫氏の死、
またノーベル賞受賞そのものが重圧となったとも言われています。
 実際、ノーベル賞を受賞してからの作品は、未完となった「たんぽぽ」のほかには、短編が数本あるだけだそうです。

 また、亡くなったのが4月16日、ちょうど生まれた6月14日を逆さ読みした日である事に気付きました。
 これは単なる偶然なのでしょうか。なんにせよ、自死という選択をされたのは、とても悲しいことです…。

 さて、次回は川端氏の文壇への道を開いた菊池寛氏、その友人である芥川龍之介氏との繋がりをみてみたいと思います。

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ミステリー作家 北村 薫氏 週間ブックレビューに出演

 ミステリー作家、北村 薫氏がNHK BS-23月2日放送週間ブックレビューに出演されました。

 

 再放送は深夜0時から同じチャンネルで見ることができます。

 週間ブックレビュー 公式HP

 

 北村氏は、高校の国語の教師をしながら、覆面作家として『空飛ぶ馬』でデビューし、そこから落語家の円紫さんと大学生である「私」の、日常に起こる不思議な出来事を解き明かしていく『円紫さん』シリーズで人気を博しました。

 

北村 薫『空飛ぶ馬』

 

 

 

 「私(名前は明かされていない)」が女子大学生であり、彼女の視点から若く伸びやかでみずみずしい心理描写がなめらかに続くことから、当初作者は女子大生ではないかと噂されていましたが、『夜の蝉』で日本推理作家協会賞を受賞した際に、自らの素性を明かしました(それがショックで寝込んでしまった人もいるそうです)。

 

 私は友人から本をプレゼントされて始めて氏の作品に触れることができたのですが、デビュー作の『空飛ぶ馬』から読み始めて、衝撃を受けました。ミステリーではあるのですが、殺人や強盗といった物騒なことが起こらないのです。

 

何気ない日常の中で起こる、人々の心の揺れが、まるで陽炎のように立ち上り、それがある出来事を引き起こすエネルギーを持つ。でもそれは当人たちにしか理由が分かりません。

その「謎」を解き明かしていく課程で、「私」と円紫さん、周りにいる人々との心の化学反応が起こり、「私」は人の心の複雑さを知り、成長していきます。

 

「謎」が解けたとき、感じるのは解決したという優越感だけではありません。他人からは「謎」にしか見えない行動を、その人はなぜ取らざるを得なかったのか。それを知ることで、人間の喜怒哀楽、多面性が見えて来、「私」はさびしさ、嬉しさといった感情を持つとともに、では自分はどうしたらいいだろう?と問いかけ、体験を心の栄養にして次へと進んでいきます。

 

その「私」の心の動き、周囲の人々とのやり取りが、落語のように丁々発止、簡潔で読者の心に響きやすいので、どんどん読み進めていくことができました。

 

そして読んだ後、穏やかな気持ちになって、周囲の方の気持ちをもっと考えて接しようと思ったものでした。

 

実際、『円紫さん』シリーズは、開始当初大学2年生である「私」が、進級し成長していく成長小説の要素もあわせ持つシリーズです。

「私」が最終学年に、卒業論文に選んだ芥川龍之介の短編の創作の意図を解き明かす『六の宮の姫君』は私の最も好きな作品ですが、こんな風に推理小説が書けるのか!と度肝を抜かれました。

  北村 薫『六の宮の姫君』    

 

今後は新しい作風にも挑戦していくという北村 薫氏の作品を、ぜひ読んでみてください。

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いま 古典が新しい 新訳を読み返す価値とは

 光文社古典新訳文庫が大ベストセラーとなっている。

 その中でも、『カラマーゾフの兄弟』は光文社から出版された新訳版の売れ行きが好調に伸びており、全五巻の新訳版のトータルでの売り上げが26万冊を超えたほか、新潮社、岩波書店から出ている旧訳版の売り上げも相乗効果で伸びてきているそうです。

 

カラマーゾフの兄弟1

 

 訳者の亀山郁夫氏は1949年生まれ、東京外国語大学学長。専門はロシア文化・ロシア文学。また、同大学管弦楽団顧問。

 

122日放送のNHK BS-2週間ブックレビューのインタビューで、ご本人がお言葉から非常に鮮烈な印象を受けましたので、テレビを見ながら書きとめたものを、以下に紹介します。

(録画していなかったので、細かい部分は間違っているかもしれません)

 

「古典は読みづらいのはなぜかと考え、今生きている言葉で書くことを思いついた」

 

「カラマーゾフの兄弟を訳すことが出来て、死んでも良いくらい嬉しい」、「(文章の核心まで到達してもらうため)徹底的にリズムにこだわった」

 

「(前の訳に引きずられますか、という質問に対し)旧訳は何度も読んでいますし、プレッシャーを感じました。今新訳する意味があるのかと自問自答し、自分なりのコンセプトを固め、今の日本で読まれるものを意識しました。第3稿くらいになって、ようやく自分の訳になってきたと感じることができました」

 

「原著を何度も読み返し、自分の言葉になって口から出てくるくらいまでになりました。作者(ドストエフスキー)が近づいてきて、自分の中に入ってきて、変身、一体化するエクスタティックな感覚がある」

 

亀山郁夫氏ご本人のブログ cafe MAYAKOVSKY

ロシアと世界の文化シーンに関して、氏なりの視点で述べていらっしゃいます。また、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』の翻訳をめぐる興味深いエピソードが断続的に紹介されています。

 

また、次の関連ページもご参照下さい。

産経新聞 ENAK 822() 大阪夕刊

混沌の時代、生きるヒント新訳「カラマーゾフの兄弟」異例のベストセラー

 

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「MASTER KEATON」50年の心象

MASTER KEATONChapter35.五月の恋

 

 主人公は50年前、自分の商家の前で、風にはためくこいぼり(吹流し)と、回転球のからからという音に惹きつけられて、じっと立っているのに気づく。彼はそのまま倒れてしまう。彼は虚弱体質だったのだ。彼は日本で働くイギリス人の昆虫学者。

 

 戦時下である事から、主人公である少女は彼と接する機会は少なかったが、1回だけ、彼の看護をしているとき、彼が「ふすまを開けてください」と言われた。すると、大空にはためくこいのぼりと回転球の音が聞こえてきた。「あなたのお兄さんから聞きました。こいのぼりは子供の健やかな成長を願って上げるそうですね。病弱な自分の親がそれを知ったら、きっと上げてくれるに違いありません」その後、彼は自分の故郷のことを話した。たった1回だったが、彼の空よりも、海よりも深く、やさしい青の瞳が、心に焼き付いていた。

 

 彼が回復して帰国してから、彼から何回も手紙が来ていたそうなのだが、彼女の家族はスパイ容疑がかかるのを恐れて巡査に渡していた。それを彼女は兄から、兄が亡くなる直前に聞かされた。

 

 そして約50年を経て、彼女は意を決してイギリスにやってきた。

 

 スリ犯をともに追う事になった平賀百合子(平賀・KEATON・太一の娘の行動力と、彼女の薙刀の技量で、彼女のかばんと彼へのお土産は無事帰り、彼の故郷に向かった。

 

 しかし、なかなか彼の家は見つからない。百合子さんは機転を利かせて、彼女の持ってきたこいのぼりを教会の屋根に上げてもらった。大空にはためく赤い鯉。

 もう空港に行こうとしたところ、彼の入院している病院から使者が来た。「彼の病室からこいのぼりが見えたんです」2人は病院に向かった。

 

 すると彼は車椅子で病院の入り口から出迎えてくれた。彼はやはり、優しい青い瞳と笑みをたたえて、「いつか出会って、故郷の小路を一緒に歩けると信じていました」とゆっくり言った。みんな自然に涙を流していた。私も。

 

 彼と彼女は、余生をこの彼の故郷で過ごす事を決めた。

 

 イギリスの美しい自然と心情、心象風景。ぜひご覧下さい。

 

 

DVDマスターキートンFile11 Chapter No.21,22,35五月の恋)

  DVD マスターキートン File11 Chapter No.21,22,35(五月の恋)

 

  なぜか収録されているChapterが連続していないようです。でも内容は一緒です。

  

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『海辺のカフカ』を読む

日本内外でベストセラーとなっている『海辺のカフカ』。そこに秘められた村上春樹の真意とは何か。


「9.11」後、欧米で爆発的に読まれるようになったのはなぜか。批判的な視線も合わせて読んでみたい。




 海辺のカフカ() (新潮文庫) (文庫) 村上春樹()





  
海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

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04/11/2007 BS週間ブックレヴューより

『ヨシアキは戦争で生まれ戦争で死んだ』

 面高(おもだか) 直子 著 講談社

 

  ヨシアキは戦争で生まれ戦争で死んだ

 

   

 主人公は後田義明として日本で生を受け、養子としてアメリカに渡          りスティーブとして生き始めるが、自分の出自に苦悩し始める。彼はアメリカに溶け込もうとし、穏やかな性格で、万能のスポーツ選手だった彼は人々から愛される。そして「ぼくはもうよそ者じゃない」と思うことが出来るようになったのだが、愛する恋人の父親から交際を反対され、それがもろくも崩れ去る。悩んだ彼は、アメリカ人としてベトナム戦争に従軍し、戦死する。

   

 amazon商品の説明

内容紹介
●没後38年を経て紡がれる「誇り高き混血児」の秘話
後田義明は終戦直後の1947年、徳島県の山村で生まれた。
母親は日本人で父親はアメリカ兵。レイプによって芽生えた命だった。
自殺も考えるほど苦悩した末、母親の後田次恵は義明を生んだ。
だが、貧しい暮らしと忍び寄る差別の目に追い詰められ、
次恵は義明を手放すことを決意する。
預けられた先は、三菱財閥の令嬢・澤田美喜が私財を投げ打って
設立した“混血児のための孤児院”、
エリザベスサンダースホームだった。
「かあちゃん、絶対迎えに来るから」母子は指切りをして別れた。
ホームで伸び伸びと育った義明は、11歳でアメリカへと旅立つ。
義明は養子先で、スティーブ・ヨシアキ・フラハティという新しい名前を
授かった。ハイスクールではフットボールと野球の花形プレイヤー
として連日新聞を賑わし、女生徒たちの憧憬の視線を一身に集めた。
だが、21歳を迎えた時、彼が選んだ道はベトナム戦争への
出征だった。そしてスティーブは、ベトナムで散った--。
“神の手”が動き出すのは、スティーブの死後9年が経ってからの
ことだった。エリザベスサンダースホームを取り上げたドキュメンタリー
番組を、偶然、次恵が目にする。画面に孤児院を巣立って戦死した
スティーブの写真が映し出された。
次恵はその場に泣き崩れた。「この子だわ、この子が義明だわ……」
戦争で生まれ戦争で死んだヨシアキをめぐる物語には、さまざまな人間の運命が
奇跡のように絡み合う。人間とは、親子とは、友情とは、そして戦争とは--。
悲劇から紡がれる、感動のヒューマンストーリー。

 

エリザベス・サンダースホーム

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

 エリザベス・サンダースホームは、神奈川県中郡大磯町の児童養護施設です。

いきさつ

 第二次世界大戦後の1948年に、三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の孫娘である沢田美喜が、連合軍に取り上げられていた岩崎家の旧宅を募金を集めて400万円で買い戻し、そこを利用し孤児のための孤児院として設立された。

 ホームは、戦後日本占領のためにやってきたアメリカ軍兵士を中心とした連合軍兵士と日本人女性の間に強姦や売春、あるいは自由恋愛の結果生まれたものの、両親はおろか周囲からも見捨てられた混血孤児たちのための施設であった(→血統主義)。施設の名前は、旧宅を買い戻すに当たって多額の寄付をしてくれた聖公会のある信者の名前から取られたものである。

 聖ステパノ学園小学校

のちに、孤児院出身の子どもたちが、小学校、中学校に上がる年齢になって、「混血児」への周囲の偏見を心配し、学校生活との折り合いの問題などから、ホームの中に小学校、中学校も設立される。小学校は、1953年に創立され、沢田美喜の戦死した息子の洗礼名から、聖ステパノ学園小学校と名づけられた。中学校は1959年に併設された。

 

 

 

 

 

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『星の王子さま』 深い謎かけ

  最近久しぶりに日本語の新訳の出た名著『星の王子様』の著者であるサン・テグ・ジュペリは、郵便配達便のパイロットとして、危険な業務に従事し、砂漠に不時着して生死の境をさまよったこともあります。その経験が、『星の王子様』にも生かされています。

 

星の王子さま(新潮文庫) 

 サン=テグジュペ(),Antoine de SaintExup´ery(原著),

  河野万里(翻訳) 

 

『星の王子さま』 (新潮文庫) 

 

 

 

 

 

 これまで、日本中に『星の王子さま』を広めてくれた名訳本として、内藤訳があります。 

 

   

星の王子さま(ペーパーバック)
サン=テグジュペリ(
),内藤()

 

   星の王子さま (ペーパーバック)

 

  

  Amazonでベスト500レビュアーに選ばれている、落鳳坡さんのレビューが、

河野さんの新訳本と、永遠の名訳本である内藤版との対比がとても素晴らしかったので、抜粋して載せさせていただきます。

 

 

  著作権が切れた後で一斉に新訳が出ましたが、その底本的な位置にあるのがこの内藤氏による訳です 本訳は時々「読みにくい」とか「日本語として変だ」という指摘を受けます。確かにてにをはが省略された部分がありますし、堀口大學の「人間の土地」での訳は「伝えたいことがたくさんあるんだ」と言わんばかりの前のめりのテンポなので、サン・テグジュペリ本人の文章を忠実に訳したものなら、新潮社版の河野万里子氏の訳が一番近いものだと思われます。

 しかし、本著に根付く独特の清涼感と空間性は、他の訳本とは比べものにならないほど高いです。それはリズムが日本語としてこなれているからです。 内藤氏は原文を直訳するのではなく、日本語のリズムとして心地よいように、原文よりもオフビート気味にリズムを抑えた翻訳をしています。一文の整合性よりも、作品の本質を日本人的な情緒で無理なくとらえられるように文章を調整して訳しているわけです。そして面白いことに、音読したり声としてイメージ化したとたん、原文のリズム感が文章に宿ります。まるで「ほんとうに大切なものは目に見えない」という本書のメッセージを実践するかのように。そんな訳を原文の文化的なイメージを殺さずに綴れている本にはなかなかお目にかかれないと思います。

 直訳という点では確かに違うかもしれませんが、日本人の心にすっと響く、調和のとれた創造的な訳という点では、今でも全然色あせない名訳です。むしろこの訳が本書の日本での人気を決定づけたのではないのでしょうか

 

 

サン=テグジュペリの、一見なぞかけの様な、鋭い「アフォリズム」を追及したものとして、以下の本をお奨めします。 

 サン=テグジュペリ星の言葉(だいわ文庫)

  サン=テクジュペリ 星の言葉

 

 

 内容(「BOOK」データベースより)
大切なものは目に見えない。『星の王子さま』の作者として知られるサン=テグジュペリの名言集。星の輝きのように、優しく、そっと光をなげかけてくれる言葉たちが、淋しいとき、疲れたとき、くじけそうになったとき、いつでもそばにいてくれます。どこからでも、ページをめくってみてください。答えはいつも、ここにあります。

著者略歴(BOOK著者紹介情報」より)
齋藤
1960
年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院博士課程を経て、明治大学文学部教授。専攻は教育学、身体論、コミュニケーション論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)Amazonカスタマーレビューより抜粋)毛色の変わった名言集となるのは間違いない。
 なんてったって、あの「星の王子様」の作者、サン=テグジュペリの著作から集められた言葉(星の言葉!!)を綴ったものなのだ。


本のつくりとしては、基本的には、見開き左側に見出し、右側にサン=テグジュペリの言葉が一言書かれているだけで、文字の数だけで言えば、スカスカなものである。
 
 しかし、多くの言葉は、名言慣れした私のような者にとっても、印象に残る言葉が多く、内容的には決してスカスカな物ではない。
 というわけで、「名言、格言好きなら中年おじさんでも大丈夫」な本である。

 もちろん、一番いいのは、実際に手にとってみて、お気に入りの言葉があったら買ってみることだ。

 

 

 

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10/27 BS ブックレビュー よりおすすめの本

『国のない男』カート・ヴォネガット 著

  『国のない男』カート・ヴォネガット 著

  

  アメリカ インディアナポリス出身。

 「アメリカは戦争好き。地球人は化石燃料消費患者」などと、痛烈な、しかし

 ユーモアに満ちた表現で、現代アメリカの矛盾を読者に投げかけます。
  出版社/著者からの内容紹介
 カート・ヴォネガット遺作、ついに刊行!

  20074月に永眠したヴォネガットが2005年に本国アメリカで刊行し、NY Times
 紙のベストセラーになるなど、往年の読者を超え広く話題となったエッセイ集。
   2007
1月のインタビューで、本書が最後の1冊となることを明言したことで、
 日本においても刊行が待ち望まれていました。

 

  著者自身のイラストで彩られた本書は、ヴォネガットの憤りを含んだ言葉と、彼の愛すべきアメリカや人類すべてへ向けた優しい文章が詰まっています。

時にはジョークで、また時には絶望的に、そして常に鋭く......

 

翻訳には学生時代からヴォネガットを愛読してきた金原瑞人氏。またヴォネガッ
トへの愛を公言してやまない爆笑問題の太田光氏からも、すばらしい推薦のお言
葉をいただきました。往年のヴォネガット読者にはヴォネガットの最後のメッ
セージとして、また初めて読む若者には、現代を生きることの意味を考える道し
るべとして、必読の書です。

 

本文の合間に、ウィットに富んだ「アフォリズム」を著者自身のイラストで、青のバックに白抜きの文字で描かれています。

 

今日本に存在している「笑い」と、「ユーモア」の違い。「100年後、人類が笑っていられたら、私は嬉しいと思う」というぞっとするユーモアから、「幸せなときは、幸せと感じてほしい」という素直で真実の言葉まで、幅広く書かれています。

  「アフォリズム」とは、短い警句の事ですが、その鋭い閃きは、小生のブログで芥川 龍之介氏の特集にて取り上げています。ご参照ください。

 

  

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『雲の見かた』

The Cloudspotter's Guide 

日本人にはやや欠けている目線を与えてくれる。

 単なる自然現象でありながら、人々は雲の形や空の色からから、生活に大きな影響を与える天候を予想しようと試みてきた。

 いまや異常気象は、世界規模で深刻な影響を及ぼしている。

The Cloudspotter's Guide

内容(「MARC」データベースより)
豊富な写真とともに、愉快で変てこな雲の一族を紹介! 外観と発生のメカニズムや、雲についての逸話・エピソード、雲にまつわる子供のころの思い出などを収録。雲のアートと科学の話を交えた、雲を眺めるのが好きになる本。

 

 外国在住暦の長い恩師に、プレゼントとして原本のハードカバーを購入。正解でした。表紙はアンティーク調で、あまりに素敵だったので、ラッピングせず、リボンだけかけてプレゼントしました。

 

 さて、NHK BS2で毎週日曜日、朝8時から放送されている「週間ブックレビュー」で知ったのがこの本との出会いの始まり。

 その前に、NHK総合で、NHKとイギリスBBCの国際共同制作ドラマ『スーパーストーム』を見たのが興味をひきつけられるきっかけになりました。

 アメリカに大規模な損害を及ぼす「カトリーナ」などのハリケーン。その進路の変更、すなわち気象コントロールにつながる研究に参加した科学者の苦悩、その周りに渦巻く政治的要素。

 敵対国にハリケーンをぶつけるなど、軍部利用にもつながる気象コントロール。その実現に向かって、技術開発は行われている。

 

 この本では、古来より行われてきた、空を仰ぐ楽しみ方から、最新の気象コントロールの危険性まで幅広く紹介されています。

 英語を苦にしない方なら、原本を読むことをお奨めします。イギリス人である著者の、ドライなユーモアが楽しめるからです。

 もちろん訳本もあります。

 

 

 

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